通信が「空気」になる。6G時代にビジネスはどう変わる?

2024年11月20日 公開

コピーバナー:6G実現の見えない主役

2030年頃の実用化を目指す次世代通信規格「6G」。超高速・大容量通信・低遅延を実現する通信技術として大きな期待が寄せられている。
しかし、ビジネスや働き方の変化を具体的にイメージできる人はまだ少ないだろう。
そこで今回、6G時代到来後の未来像を、NTTドコモの中村武宏氏とジャーナリストの佐々木俊尚氏に描いてもらった。
さらに、ファインケミカル素材の開発、提案を行う化学メーカーであるartienceグループで、6G実現の鍵を握る新素材開発に取り組む小清水渉氏を交え、次世代高速通信を支える技術の重要性について議論した。

6Gは“新たなビジネス”を生み出す

中村 6Gは現在普及が進む5Gをさらに進化させた次世代の移動通信システムで、2030年頃の実用化を目指しています。

中村 武宏/Takehiro Nakamura:株式会社NTTドコモ CSOコーポレートエバンジェリスト

横浜国立大学修士課程修了後、NTTへ入社。1992年よりNTT DOCOMOにてW-CDMA、HSPA、 LTE/LTE-Advanced、5G、5G evolution & 6Gの研究開発および標準化に従事。3GPP TSG-RAN議長、5Gモバイル推進フォーラム企画委員会委員長代理およびミリ波普及推進アドホック主査、Beyond 5G推進コンソーシアム 白書分科会主査を歴任。現在、ITS情報通信システム推進会議 高度化専門委員会 セルラーシステムTG主査、XGモバイル推進フォーラムの5G/6G関連プロジェクトリーダー。

これまで移動通信システムは約10年おきに新たな世代へとレベルアップしてきました。背景にあるのはデータ通信需要の高まりです。
近年はデータ通信量が爆発的に増加し、より高速で大容量、かつ1ミリ秒以下の低遅延を実現する通信技術が求められている。加えて通信エリアのさらなる拡大やサステナビリティへの対応も期待されます。
こうしたニーズに応えるには通信技術の飛躍的な性能アップを図り、既存の技術とは別次元の技術へと進化させる必要がある。それを叶えるのが6Gです。

5Gから6Gへ 5つの進化ポイント

具体的に求められている技術革新としては、まずはどこでも使えるデータ通信を実現すること。地上を100%カバーするのはもちろんのこと、海や空、宇宙を含めたあらゆる場所を通信エリアにします。
ドローンや空飛ぶ車の実用化が進めば空のデータ通信需要は一層高まりますし、人工衛星やHAPS(通信装置を搭載した無人機を成層圏で飛行させる次世代システム)を介した通信が可能になれば、地上で災害が発生した際も安定した通信環境を維持できます。
サステナビリティに関しては消費電力の抑制が急務です。持続可能な社会の実現に向け、6Gはネットワークの運用コストや端末の消費電力を飛躍的に抑えることを目指しています。

小清水 通信技術がここまで進化すると、私たちの暮らしやビジネスの形も大きく変わっていくと思います。中村さんと佐々木さんは具体的にどのような変化が起きるとお考えですか。

小清水 渉/Wataru Koshimizu:artienceグループ トーヨーケム株式会社 ポリマー材料研究所 所長

東京都立大学大学院卒業後、2001年4月に東洋インキ製造株式会社(現:artience株式会社)に入社。食品包装用ラミネート接着剤の環境対応製品の新規開発に従事。その後、グループ内の新規ポリマーの立ち上げと、工業化をミッションとする技術部門にて国内外で接着剤、機能性コーティング剤などの立ち上げに携わる。2021年1月に事業会社であるトーヨーケムのR&D部門として新設されたポリマー材料研究所の所長に就任。以来、半導体向け低誘電ポリマーの開発に奮闘中。

中村 超高速・大容量・低遅延の通信ネットワークが実現すれば、現在トレンドになっているXRやメタバース、デジタルツイン、サイバーフィジカルシステムなどは進化が加速するでしょう。 製造業であれば、工場をサイバー空間に再現して機械を遠隔操作したり、コストがかかる設計や試作を仮想空間でシミュレーションしたりと、業務効率化や働き方改革につながる活用がすでに始まっています。

NTTドコモ 中村武宏

一方で、これまでにない革新的なビジネスも数多く生まれるはずです。私はよく「6G時代のキラーサービスは?」と聞かれるのですが、通信環境を提供する側がいくら考えても予想が当たることはまずありません。
例えばAppleがiPhoneを発売したのは3G時代の後半ですが、3Gの提供を始めた頃はこんな端末が登場するなんて誰も想像すらしませんでした。

佐々木 おっしゃる通りで、通信インフラはビジネスを育てる土壌のようなものです。

佐々木 俊尚/Toshinao Sasaki:作家、ジャーナリスト

早稲田大学政治経済学部を経て、毎日新聞社に入社。事件記者として活躍後に『月刊アスキー』編集部に所属、2003年よりフリージャーナリストに。近代の終焉と情報通信テクノロジーの進化が社会をどう変容させるのかをライフワークとする。主な著書に『Web3とメタバースは人間を自由にするか』(‎KADOKAWA)『時間とテクノロジー』(光文社)などがある。

現在はあらゆるものをインターネットにつなぎ、収集したデータをクラウドで管理して、AIによって最適化を図るスマート化やIoT化が進んでいます。
自動運転も車をスマート化したことで生まれた技術だし、スマートウォッチなどのデバイスを装着すれば、人間の身体でさえもインターネットに接続できる。
物だけでなく人体まで端末化すれば、とてつもない数のデバイスがネットに同時接続することになり、5Gでは帯域が足りないのは明らかです。
様々な産業がスマート化を推進して新たなビジネスを生み出すには、より高周波な帯域を利用できる6Gの実用化が待たれます。

ジャーナリスト 佐々木俊尚

6G時代は日本の産業界が巻き返しを図るのに良いタイミングです。令和に入ってからは日本もデフレを脱却しつつある。
加えてITリテラシーが低いとされてきた日本人の意識にも変化が見られます。総務省の情報通信白書(令和6年度版)では、生成AIについて「ぜひ利用してみたい」「条件によっては利用を検討する」を含む前向きな回答が6〜7割に上っています。
6G時代のテクノロジーを牽引するのが生成AIや対話型AIだとすれば、日本から画期的なサービスやプロダクトが生まれることも十分期待できます。

6G時代に企業や個人が持つべきマインド

佐々木 AIが進化しても人間の仕事はなくならないが、残された領域はより上流に集中し、トータルで見れば人間の仕事が減っていく。そのことを念頭に6G時代に備える必要があります。
新しいテクノロジーには労働補完型と労働代替型が存在します。前者は人間の労働を助けてくれる技術で、後者は人間の労働を機械に置き換える技術です。

右から、トーヨーケム 小清水渉、ジャーナリスト 佐々木俊尚、NTTドコモ 中村武宏

工場の生産計画にしろ、物流トラックの配送ルートの設定にしろ、全体の目標とKPIを設定すれば業務効率や生産性を最大化するプランをAIが作ってくれるので、計画を立てる仕事はAIに代替されます。
AIが雑務をこなし、計画作成まで担うようになれば、人間に残された仕事は高度な判断や意思決定のみになります。
AIは生産計画を最適化することはできても、「今回は生産量を増やして売上アップを狙うのか、それとも売上は落ちてもいいからブランド力の向上を目指すのか」といった優先順位づけはできない。
どの選択肢を優先するかを判断し、計画の大元になる方針を決定することは、人間の仕事としていつまでも残るはずです。

6G時代のAIと人間の業務領域

中村 今ご指摘があったような変化をポジティブに捉えるマインドも必要でしょうね。
面倒なことはAIがやってくれるのだから、人間はどんどんラクをして、さらなる高みを目指せばいい。それがAIにはできないクリエイティブな仕事だったり、責任を伴う意思決定だったりするのだと思います。
人間にしか果たせない役割は何かを常に意識することが、6G時代を生き抜く鍵になるのではないでしょうか。

6G実現の陰の立役者「低誘電ポリマー」

小清水 人間はよりクリエイティブな仕事や重要な意思決定に集中できる。そこに至るまでには、私たち技術者が解決すべき課題もまだ残されていると考えています。
例えば6G自体の実用化においても、「伝送ロス」という大きな技術的ハードルがあります。
伝送ロスとは、半導体基板などの通信経路において信号のエネルギーが失われる現象のこと。これが原因で通信の遅延や品質の低下、消費電力の増加が起こります。特に6Gで使用される高周波数帯では、この伝送ロスが顕著になります。

伝送ロスのイメージ

佐々木 6Gの実現には伝送ロスの低減が重要な課題なんですね。artienceではどのようなアプローチで解決を目指しているのですか?

小清水 高速通信に最適化された「低誘電ポリマー」という特殊素材を開発しました。
これは半導体基板の中で、信号を伝える配線を取り囲む絶縁材料として機能します。この素材の特徴は、信号のロスを極限まで抑えながら、効率的な伝送を可能にすること。つまり、高速かつ省電力な通信を実現できるのです。
さらに、この素材には製造面でも大きなメリットがあります。
半導体基板を作る工程では、様々な部材の接合や高温でのハンダ付けが必要になるのですが、私たちの開発した低誘電ポリマーは高い接着性と耐熱性も備えています。そのため、製造工程の効率化にも貢献しています。

右から、NTTドコモ 中村武宏、トーヨーケム 小清水渉、ジャーナリスト 佐々木俊尚

中村 私たちも通信インフラの開発で様々な技術的な壁に直面してきました。それと同様に、御社も新しい素材の開発で相当な苦労があったのでは?

小清水 単純に低誘電の性能だけを追い求めるのであれば、そう難しいことではありません。ただ、実際に基板に使用するためには、誘電性だけではなく、お客様ごとに要求品質が異なる様々な特性を両立させる必要があります。
大きな障壁となったのは、低誘電性と接着性の両立です。この2つはトレードオフの関係にあります。誘電性を持たない原料を使うと接着性が失われ、接着性を高めるには誘電性を持つ原料を多く使わなければいけません。
この課題を克服するため、原料の組み合わせや構成比率を変更して数多くのポリマーを合成し、幾度となく試行錯誤を重ね完成に漕ぎ付けました。

トーヨーケム 小清水渉

そして現在、開発開始から6年が経ち、大きな進化を遂げています。エネルギーが熱に変わる比率を示す誘電正接と呼ばれる指標が、6年前との比較で約5分の1まで低下しました。

中村 その成果は私たち通信事業者にとっても大きな意味を持ちます。通信事業者が目指す未来を実現するには、素材の力が不可欠です。
それこそ基地局のアンテナからスマホのような端末まで、移動通信に関わるあらゆる装置や機器で生じる伝送ロスを低減しなければ、6Gの実用化は成し遂げられません。
これまでは業界間の壁が高く、素材メーカーとはあまり直接的な接点がなかったのですが、今後はお互いのニーズや目指す方向性を共有し、通信性能を高めるために連携して取り組んでいく必要があると考えています。

NTTドコモ 中村武宏

佐々木 素材は日本の強みがまさに活きる分野ですよね。 2000年代以降、最終消費財を作る日本企業は減少しましたが、素材や部品などの中間財は日本がまだまだ強い。半導体の素材や製造装置も日本が高いシェアを誇ります。
ただ一般の人にはそのことがあまり認識されていないので、今日の話をお聞きして、私たち消費者が素材を含む中間財メーカーを応援する姿勢が大事だと感じました。

小清水 ありがとうございます。artienceグループの低誘電ポリマーが幅広い半導体製品に使われ、6Gが実現することで、ADAS(先進運転支援システム)などの自動運転技術が大きく進展したり、現実世界と仮想世界を融合するARやVRの活用シーンが広がったりと、私たちの生活がより便利で豊かなものになります。
artienceグループはこれからもポリマー設計技術を進化させ、素材の面からこの豊かな社会の発展を支えていきたいと考えています。

右から、ジャーナリスト 佐々木俊尚、トーヨーケム 小清水渉、NTTドコモ 中村武宏

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執筆:塚田有香
撮影:黒羽政士
デザイン:小谷玖実
編集:下元陽 / Shoko Ema